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男性ファッション誌「メンズノンノ」でモデルとしてデビューし、現在は俳優として活躍中の風間トオルさん。

最近、バラエティ番組で語った数々の貧乏エピソードが話題となっていますね。
ただ、あまりにも仰天エピソード過ぎて、ネットでは“嘘じゃないの?”といった声も上がっています。

今回は、そんな風間トオルさんの仰天すぎるエピソードをピックアップしてみました。



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プロフィール&経歴

まずは、風間トオルさんのプロフィールと経歴をみてみましょう。

本名:須藤光春(すどう みつはる)
生年月日:1962年8月19日(54歳)
出身地:神奈川県川崎市

芸能界に入ったきっかけはスカウトで、雑誌「メンズノンノ」でモデルデビュー。
同じく俳優として活躍中の阿部寛さんと共に“カリスマモデル”として活躍されていました。

1989年にはドラマ「ハートに火をつけて」で俳優デビューを果たしています。女優の浅野ゆう子さんに声をかけられたのがきっかけとも言われています。
その後も「東京Xマス・ラブウォーズ」や「世界で一番君が好き!」など数々のトレンディドラマに出演し、二枚目俳優として引っ張りだこでした。



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貧乏&仰天エピソード

数々のエピソードを語っている風間トオルさんですが、話し出したきっかけは明石家さんまさんだとか。
番組でさんまさんに「風間くんカッコ良すぎるけど、コンプレックスなんてないんやろ~?」と聞かれ、子ども時代のエピソードを話したところ笑いに包まれ、その後は他のテレビ番組でも呼ばれ、語るようになったそうです。

その貧乏エピソードや仰天エピソードをいくつかピックアップしてみました。

・保護者の祖父母が小学校への入学手続きを忘れ1年後に入学し、高校3年まで1年遅れの学年に通学
・食べ物がなく、公園などで草やタンポポ、カマキリを食べた
・朝顔は紫が甘くておいしいので、紫ばかり取っていたら怒られた
・口に入れて痺れたものは食べられない
・傷は舐めて治すなど唾が薬
・ペンチで歯を抜き、傷口は舐めていたら自然と治った
・風呂がなく、洗濯機に服を着て入ってスイッチON(洗濯も一緒にできて一石二鳥)
・牛乳は学校の給食でしか飲めないので、自分のクラスだけでなく他のクラスも牛乳嫌いの子や休みの子をチェックして牛乳をもらっていた
・バレンタインのお返しとしてホワイトデーに松ぼっくりを渡す
・交通費がなく10駅ぐらいは歩いて移動し、川崎から渋谷まで歩いたこともある
・少年時代から空や遠くばかり見ていたからか、視力が「3.0」だった

始まりは両親の離婚

風間トオルさんは父方の祖父の家で祖父母と両親とで暮らしていましたが、風間さんが5歳の頃に母親から父親ではない別の男性を紹介されたそうです。
その後も母親はその男性を連れてきては母親と男性と風間さんの3人で食事に行ったとのこと。

風間さんはその時のことを「母親は3人で食事をしながら僕と男性の反応を見ていたのでは」と語っています。

その頃には母親は離婚を決意し、新しい男性と息子の3人で新たな家庭を築くことを考えていたのでしょうね。

母親は家を出ていく時に風間さんに「一緒に来る?それとも残る?」と聞いてきたそうですが、風間さんは残る方を選んだそうです。

そして、母親が家を出た一週間後、父親も家を出て行ったとのこと。

元々、年金生活だった祖父母。
そんな祖父母の元に残された風間トオルさんは、おのずと貧乏生活になってしまったのでしょうね。

幼いながら母親が家を出た理由は理解していたそうですが、父親が家を出た時は不安に思いながらも「これからは僕がお爺ちゃんとお婆ちゃんを守っていかなくちゃいけないと思い、両親がいなくなって寂しいなんて言ったら申し訳ないという気持ちだった」と語っています。

また、「お爺ちゃんからは“愚痴を言ったところで何も解決しない”と言われ、ま、いっか!と思う楽観主義を受け継ぎ、お婆ちゃんからは相手の気持ちを思いやる大切さを叩き込まれた気がするんです。その日をどうやって生きていくか精いっぱいで、恨んだり憎んだりする暇はありませんでした(笑)」とも話していました。

両親がいない寂しさや悔しさ、両親への恨みもあったでしょうし、友達が羨ましかったりと本人でしかわからない様々な感情があったでしょうね。

育ててくれた祖母が亡くなった際、何の恩返しもできなかったことをとても悔やみ、「 “いつか”や”そのうち”という言葉は捨て、たった今できることを全力でやり、伝えるべきことは伝えなくては!」と思ったそうです。

もしかして、その思いから2016年3月に『貧乏魂 ~おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力~』を出版されたのかもしれませんね。

自分を捨てた父親に支援

風間トオルさんは、自分を捨てて家を出て行った父親が今になって支援を求めてくると明かしています。

そして、その父親に対して「親父は親父だから。俺はお婆ちゃんに育ててもらって良かった。親父はいなくて良かったのかもしれない。居たら俺はグレてたかもしれませんね。俺を生んでくれた人だから、最後まで面倒は見たいと思っています。」と語っています、

両親の離婚・蒸発が発端となり貧しい生活を強いられたにも関わらず、支援を求めてきた父親の面倒を最後までみるなんて、風間さんは懐の広い方ですよね。
祖父母はお金の代わりに愛情を人一倍注いで風間さんを育てられたのでしょうね。

嘘か真か

風間トオルさんが語る数々のエピソードを「嘘」という方もいるようですが、個人的には真実ではないかと思います。

冷静沈着に、そして整然と語る風間トオルさんの姿に不自然さは感じられません。

そして何より、既にネームバリューがあり、俳優としての地位も確立している風間トオルさんが嘘をついてまで語る必要がないように思います。

人一倍苦労した風間トオルさんですので、人を傷つけることにも人一倍敏感なのかもしれませんね。
懐も大きく、人としても尊敬してしまいます。
これからの活躍も楽しみですね。


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